おいしい料理を「作る」には 〜文章表現における料理描写の話〜

はじめに

ラノベやエロゲその他小説など、とにかく文章表現を用いた作品に登場人物が料理上手だという設定が時折出てきますが、文章を読む限りではそんなにおいしそうな料理を作っている・おいしそうに食べているとは思えないことがよくあります。
それは何故なのかということを皮切りに、文章表現による料理描写・食事風景はどうやったらおいしそうに見えるのか、そしてこれらが上手い人はどこが違っているのかを検証していこうかと。

とらドラ!」の場合

とらドラ!1 (電撃文庫)

とらドラ!1 (電撃文庫)

高須家にはいつだって、冷凍の飯が保存されている。
ニンニクやショウガを切らしたことはないし、タマネギも常にストックしてある。あとは余りもののカブの茎と葉、それから朝食にしようと思っていたベーコン。卵。
もちろん、調味料を切らすような間の抜けたことは滅多にしないし、手抜き用の顆粒コンソメも、中華味の素も鶏がらスープも、きっちり台所に揃っている。
たっぷり一合半の飯で、ゴマ油を利かせ、カブの茎はシャキシャキに。飯粒を包む卵は黄金に輝き、あとはタマネギの甘みとベーコンの旨みに任せておけばいい。中華味の素を適当に、塩コショウも少々、隠し味のオイスターソース、ストックのあさつきを仕上げにパラパラ。
お湯とタマネギの欠片を入れただけの鶏がらスープまで添えてやって、ジャスト十五分だ。


(中略)


座り込んだ逢坂は、ほんのちょっとだけチャーハンの山をスプーンで崩し、妙に緊迫した雰囲気で小さな口にそっと運んだ。
もぐもぐして、飲み込む。スープにも口をつける。はっ……としたような表情を一瞬して、さらにもう一口。そんな逢坂の向かいに座り、竜児はチャーハンを作りながら考えていたことを口にしようとしていた。
「っていうかよ、逢坂よ。ちょっと俺の話を聞いてくれ。そもそもな、」
もぐもぐもぐもぐ。
「おまえはあの手紙・・・・・・というか封筒を俺に見られたことを、恥だのなんだのと言ったがな、」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。……くわっ! がつっ!
「俺の考えでは、」
ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!
「聞けよ!」
「おかわり!」
「おう!」


(中略)


「だからは話を聞けってば!」
喚けども喚けども暖簾に腕押し、馬耳東風。一心不乱とはこのことだろう。小さな身体のどこに収まっていくのか、逢坂はわき目も振らずにチャーハンチャーハンチャーハンチャーハン、一人チャーハン祭りだ。


とらドラ! 1巻 72〜77ページより

さて、竜児が作ったチャーハンを大河がおいしそうに食べている場面です。
確かに空腹時にこの描写を見たら、たまらなくなってくるでしょう。
しかし、満腹時にこの文章を見てみますと「あぁ、竜児は主婦っぽいなぁ。妙に手際がいいのは苦労しているからなんだなぁ。大河は食いしん坊なのか?」という感想が先にきて、「私もチャーハン食べてー」と考えるのはその後です。
食欲よりも、描写からどういう人物像が読み取れるか想像することを優先させてしまうのです。


料理を作る過程やおいしそうに食べる大河の光景ははっきりと描かれています。
なのに食欲が湧くのは後回しになってしまう。
何故なのでしょうか?
それを考えるには、実際の料理についてと五感について考えなければいけません。

料理の目的とは?

そもそも料理をする目的とは何でしょうか?
特に深く考えること必要はありません、簡単な問題です。
そう「おいしいものを誰かに食べさせること。そして相手から『おいしかったよ』と言ってもらうこと」です。
決して「作ること」が最終目的ではありません。
とらドラ!の場合、おいしいものを食べさせて「おかわり」とまで言われていることから一見すると、この精神に沿ったもののように思えます。
しかし、ここには食べる側の視点が抜けています。


どんなにおいしいものを料理人が作って、それを丁寧に解説されたとしても、食べる側がおいしいそうと思わなければ意味がありません。
とらドラ!のこの場面では三人称の視点で描かれていますが、食べる側である大河の心理描写は一切されていません。
だから読者に読み取れるのは「大河がおいしそうに食べているなぁ」であって、そこから「私も食べたい」という風にうまく繋がらないのです。

五感の問題

それからもう一つ。
人間は入ってくる情報が多いほど、入力方法が多様なほど想像力が高まります。
とらドラの場合、どのように調理されているか、そしてどのような出来栄えなのかは想像がつきます。
では、この料理はどんな匂いがするのでしょうか?
どんな味がするのでしょうか?
どんな食感がするのでしょうか?
そうです、視覚以外の描写がとらドラ!では抜けているのです。

「夕なぎの街」の場合

逆にこれらの問題を上手く描いているのが次に紹介するシリーズです。

言わずと知れた……ではなく言っても知らない渡辺まさきの夕なぎの街シリーズ。
全くといっていいほど売れていませんが、料理描写には定評があります。

コウが目を細めてマイカの手にある小鉢を見た。なにやら茶色くて平たい物が山盛りになっている。
「廃物利用で作った鯵の骨煎餅」
「へぇ? うまそうじゃないか」
コウが机の上に積み上げてあった本や何かの部品をどかしながら言った。


(中略)


「はい、どうぞ」
「・・・・・・これが、その骨煎餅か」
コウは鉢に盛った茶色い小片をつまみ上げた。
「そ。余った中骨を油で揚げただけだけどね」
「んじゃ、ま、お味見っと」
コウはその骨煎餅を一口かじった。香ばしい香りとパリパリとした歯触りがあり、油の甘みと鯵の旨味が口に広がった。
「うん、旨いよ」
「そう、ありがと」
イカがにっこり笑う。
「うーん、でも、ちょっと生臭いかな?」
コウはパリパリと骨煎餅をかじりながら言った。
「やっぱり? おやつというよりもお酒のつまみだしね」
イカも骨煎餅を一つつまむ。


十八番街の迷い猫―夕なぎの街 49〜50ページより

コウは立ち上がると、飯台越しに調理台に手をのばした。冷や飯と残り物の刺身をとりあげる。
「君も食べるだろう?」
返事を待たずに、碗と箸を二組並べた。冷や飯を碗に盛り、その上に刺身をのせる。刺身の表面は乾いて変色していたが、そんなことは今のコウにとって大した問題ではない。
コウは、あまり物のショウガとワサビを刺身の上に落とし、醤油をかけた。飯台の上に出しっぱなしになっていた急須から出がらしの茶をそそぐ。熱湯をかけられた刺身が一瞬にして白く変色した。湯気と共に醤油の香ばしい匂いがたちのぼる。
昼食ぬきだったため、空腹は耐えがたいものになっていた。コウは、火傷するほど熱いのにもかまわず茶漬けをかきこんだ。
「ふう……」
コウが大きくため息をついた満腹にはほど遠いが、とりあえず一息つくことができた。
「おいしい?」
シーラがコウの顔をのぞきこむようにしてたずねた。
「ああ」
ふたたび碗に冷や飯を盛りながらコウがうなずく。
「空腹は最高の調味料ってね」


こころのかけら―夕なぎの街 18〜19ページより

イカは、ひとつ肩をすくめると、昼食の用意を始めた。小鍋で湯を沸かし、醤油と味醂と生姜をいれる。それから、冊取りした時に出た血合をまな板の上に広げた。その赤黒い塊を見てコウが顔をしかめる。
「うぇ……、それ、生ゴミじゃないのか?」
「失礼ね。ちゃんと食べられるわよ」
とんとんと包丁の音を響かせながら、マイカが言い返した。
充分に叩いた血合を、適当な大きさにまとめ、鍋に放りこむ。熱湯に放りこまれた身が、一瞬にして団子状に固まった。つゆの味が染みこむのを待って、穴杓子でその塊をすくいあげる。まだ湯気を立てている肉団子を小鉢にあけた。
「はい」
飯台の上に小鉢を置く。醤油と生姜の芳ばしい匂いがあたりにただよった。
「ご飯は自分でよそってね」
まな板と包丁を洗いながら、マイカが言った。言われるままに、コウは、飯台越しに茶碗と箸を取り、白米を盛る。
「いただきます」
恐る恐る小鉢に箸をつける。少し迷ってから、思い切って血合の細切れを口へ運んだ。予想していたような血生臭さは全くなかった。噛むと、醤油と生姜の風味に混じって魚の旨味がにじみ出てくる。
「うん、旨い」
コウはうなずいた。確かに捨てるのはもったいない食材だ。


こころのかけら―夕なぎの街 50〜52ページより

ご覧の通り、食材の風味や食感に至るまで細かに描写しています。
それだけではなく、調理中に具材が変化している様子も付け加えていて、あたかも目の前で実際に料理されているかのように、食べられているかのように調理風景・食事風景が想像できます。


残念なことにこのシリーズは売れず、増刷されていませんが手に取る機会があればぜひ読んでください。
出版社が変わってしまいましたが、続編も出ています。

ゆうなぎ (HJ文庫 わ 1-2-1)

ゆうなぎ (HJ文庫 わ 1-2-1)

池波正太郎の場合

さて、ここまでラノベ内での描写を見てきましたが、小説の料理・食事描写を語る上でこの人は外せません。
ご存知「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」の作者である池波正太郎
小説家の中で最も描写のうまい人に違いありません。

新装版・梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二) (講談社文庫)

新装版・梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二) (講談社文庫)

風呂場から出てくると、離れでは、おもんが酒色の仕度に取りかかっていた。
「や、白魚だね」
「先生の、お好きなようになさいますね?」
佃の沖で取れた白魚が平たい籠に盛られてい、小さな細い透明な魚の躰から籠の目が透き通って見えるようにおもえるほどだ。それに黒胡麻の粒一つを置いたような愛らしい白魚の目はどうだ。食べてしまう自分*1が憎らしいとさえ感じられてくる。
おもんは、火鉢へ小鍋を置き、塩と酒とで淡味*2の汁を煮立てた。
「こんなもので、ようございますか?」
「どれ? ……ああ、よしよし」
梅安は、それへわずかに醤油をたらしこみ、菜箸にすくい取った白魚を鍋へ入れた。
こうして、さっと煮た白魚へ、潰し卵を落しかけて食べるのが、梅安の好みなのである。
「あとで、いつもの友だちが来るだろう。白魚を少し、とっておいてやってくれと、板場にたのんでおいてもらいたいな」
「あい」


梅安蟻地獄―仕掛人・藤枝梅安 23ページより

どうですか、この小憎らしいまで洗練された文章。
「黒胡麻の粒一つを置いたような愛らしい白魚の目はどうだ。食べてしまう自分が憎らしいとさえ感じられてくる」なんて描写そんじゃそこらの小説ではお目にかかれません。
単純に食材の様子を見たまま描写するのではなく、作者なりのアレンジを加えて紹介しています。
これを並の小説家には真似できません。
実際に「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」シリーズはそれぞれ作中の料理解説本が出るほど、多くの読書家たちから彼の料理描写は支持をされています。

池波正太郎・鬼平料理帳 (文春文庫 (142‐34))

池波正太郎・鬼平料理帳 (文春文庫 (142‐34))

梅安料理ごよみ (講談社文庫)

梅安料理ごよみ (講談社文庫)

まとめ

ある一定レベルまでの描写なら、より詳しくあらゆる視点を加えて描写していくことで、ずいぶんと料理に対する想像が深まって一層おいしく感じられますが、あるラインを超えると逆にシンプルに描写し、作者のセンスが光る一言を付け加える方が有効なようです。
ただ、そこまでのレベルに達していない作家が多いことも事実で、簡単にはできないことですが。
何の変哲もない文章に粋な一言を付け加えられることが一流の作家の証なのかなぁと思ったりしました。

すごくどうでもいいあとがき

余談ですがFate stay/nightのセイバーがグルメや美食家ではなく、ただの大食いキャラとして確立してしまったのも、調理描写・食事風景の中途半端さが原因の一つではないかと私は考えています。
奈須きのこ渡辺まさき並みに料理・食事風景を描いていれば、セイバーは今頃「グルメ王」とか「美食王」とか呼ばれていて、海原雄山とコラボさせた二次創作も生まれていたんではないだろうかと意味のない想像をしてみたりもしました。

   考 私 衛             //                 \  \  l|
   え  と 宮         //         〃          ヽヽ   ∨\
   て は 士            //   〃 〃  〃 ||   |l      ‖‖   |  ||
   い 関 郎        //   〃 l |l  |l /∧ ‖ |l  ll  |l ‖   ト、∧
   た 係 の          | |l  |l |l ||  || ‖ |l |ハl  |l  |l ‖   | |〃
   だ の こ          | ||   |l |l ||  || ‖ |l |l |l   |l  || ‖   | |《
   き な と          | ||   |l 廾=|-」、|∧||  ヾ、|! |l_」斗 'i|´||  l| | 》
   た い は        Vハ  |l || z=≠≧、   ヽ/,z≦示z、||  l| |《
   い も  、        |ヾl|ト|| 《 |L:::j::|l``    ´´|L:::j:::l| 〃|  l| |/
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    //           ヾ>イ|//ム<三三≧z、\ハ  ヾ=ヘ   ィレ   |ー──‐--、


ホントどうでもいいですね、くだらない。


Fate/Stay night DVD版

Fate/Stay night DVD版

*1:「おのれ」と読みます

*2:「うすあじ」と読みます