「こなたよりかなたまで」で一番リアリティの無い部分はクリスの存在でもなく、彼方の行動・思考でもない
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始めに
ではどこかと申しますと、社交ダンスと舞踏会の存在です。
この二つに関して、いくつも不自然な点・矛盾した点があります。
といっても、何を指しているのか想像つかない人が多いのではないでしょうか。
そこで、経験者はかく語りきということで社交ダンスを経験したことのある私がこなかなを検証してみようかと。
舞踏会の成り立ち
そもそも、この舞踏会は戦前から行われている伝統行事で、学園の在校生とOB有志が参加する大々的なダンスパーティーで、舞踏会を開催する社交ダンス部も大昔から活発。
作中の説明をまとめるとこのようになります。
はい、ここでダウト。
■『川北長利社交ダンス評論集[1932-1995]』
1998年まで10年以上にわたって月刊『ダンスファン』のコラム「ダンシング・すくらんぶる」を執筆された川北長利さんは、戦前・戦後をつうじて社交ダンスの評論家として活動を続けてこられた方です。また、現在も湘南地区で社交ダンスやサークル活動のありかたを考えるための教養講座などを運営されています。
(中略)
川北長利さんは、1905(明治38)年のお生まれです。戦前は、アマチュアのダンス愛好者としてイギリスで体系化されつつあった競技志向のボールルーム・ダンスを紹介する役目を果たしておられました。戦前の日本では、男女が公然と抱き合う社交ダンスの習慣は、なかなか受け入れられないでいました。豪邸やホテルなどでダンスを楽しむことができた上流階級を別にすれば、一般の人びとはわずかに都市部のダンスホールで踊ることができただけです。しかも、風紀警察の厳しい監視の目が光っていました。
出典
社交ダンス文献情報
風営法とダンス
戦前、ダンス教習所やダンスホールに突然踏み込まれ、解散を命じられたこともあった。戦後もダンス教室は学校や病院、保育園の近くに作れないという規制や麻薬中毒者ではないという医師による証明書の提出義務などがあった。
このように戦前の社交ダンスは一部の上流階級以外には気軽に踊れるものではなく、特に学校内で踊るということはもってのほかだったのです。
もちろん、やんごとなき血筋のご子息が通われる上流階級向けの学校ならば、校内でダンスパーティーを開くことも可能でしょうが、残念ながらそういった描写は作中には出てきません。
また、もし上流階級向けの学校だとしても、服装に矛盾点が出てきます。
服装
この舞踏会は10年前まで服装はソシアルに限るということでした。
このソシアルが何を指すのかというと男性はスーツにネクタイもしくは蝶ネクタイにベスト、女性は簡単なワンピースです。
しかし、上流階級の学校が学園のOBを招く大きなクリスマスのダンスパーティーを開くなら、相応の格式を求められ、服装もフォーマル*1でなければ不自然です。
10年前から服装は自由になりコスプレもできるようになったともありますが、こんなことは絶対に考えられません。
50年の伝統と格式を保ち続けてきた行事で、かつOBからの援助で開いているのならば、絶対にOBからの猛反発を受けるからです。
また、九重ルートでは彼方が前日に彼女のドレスを用意していますが、これもまた不自然。
クリスマス前後は貸衣装屋が最も繁盛する時期の一つで、パーティー用に多くの衣装が貸し出されています。
時には分刻みのスケジュールを立てて、一つの衣装を一日で何人にも貸し出すこともあります。
そんな状況なのに、一日前にドレスを用意して*2、それが九重に合っているサイズ・意匠が残っているというのは、なかなか考えにくいことなのです。
選曲
44:07から流れる曲が該当するBGM「舞踏会」ですね。
これは3拍子の典型的なワルツの曲で、その中でもウィンナーワルツ*3と呼ばれる種類です。
ウィンナーワルツに該当するのは、他には「美しく青きドナウ」があります。
参考
01:30から聴いてください。
一方、普通のワルツ曲はこのようなものです。
参考
細かい説明を省いてワルツとウィンナーワルツの違いを簡単に説明すると、テンポの速さです。
聴き比べてみればすぐに分かりますが、同じ3拍子でもウィンナーワルツの方が圧倒的にテンポが速いのです。
そして、この速さが問題なのです。
テンポが速いということは、それだけステップを踏むのも速くしなければいけません。
こなかなで使われている「舞踏会」だとステップを踏むと軽く駆け足をするくらいの速度になります。
しかし、社交ダンスは単純にステップを踏めばいいというだけでなく、同時に華麗さも兼ね備えていなければいけないスポーツでもあります。
速さも保ちつつ、優雅さ・華麗さも見せなければいけない。
実際に社交ダンスの検定試験を例に出すとその難しさがよく分かります。
受験種目と受験料
クラス モダン種目 ラテン種目 受験料金 5級 SRD・W JB・R 4,500円 4級 T・W R・C 5,500円 3級 T・W R・C 7,000円 2級 T・Q・W R・C・P 9,000円 1級 T・Q・W・F R・S・J・P 11,000円 ブロンズ級 4種目 T・Q・W・F R・S・C・P 16,000円 2種目 T・QまたはW・F R・SまたはC・P 8,500円 シルバー級 4種目 T・Q・W・F R・S・C・P 19,000円 2種目 T・QまたはW・F R・SまたはC・P 10,000円 ゴールド級 4種目 T・Q・W・F R・S・C・P 21,000円 2種目 T・QまたはW・F R・SまたはC・P 11,000円 ファイナル 4種目 T・Q・W・F R・S・P・J 31,000円 2種目 T・QまたはW・F R・SまたはP・J 16,000円 スーパーファイナル級 4種目 T・Q・W・F(Vw) R・S・C・P(J) 41,000円 2種目 T・QまたはW・F(Vw) R・SまたはC・P(J) 21,000円 C=チャチャチャ
F=スローフォックストロット
SRD=スローリズムダンス
J=ジャイブ
JB=ジルバ
P=パソドブレ
Q=クイックステップ
R=ルンバ
S=サンバ
T=タンゴ
Vw=ウィンナーワルツ
W=ワルツ
出典
アマチュアメダルテスト
青地の部分がワルツ、赤字の部分がウィンナーワルツです。
ワルツだと一番下のランクから受験種目に入っています。
5級だと小学生でも取れるレベルなので、それだけ簡単な種目だということです。
一方、ウィンナーワルツは最高ランクのスーパーファイナル級にしか受験科目として入っていません。
これはそれだけウィンナーワルツが難しいことを表しています。
分かりにくければ漢検の10級と1級くらいの違いがあると考えていただければ。
以上のように、ウィンナーワルツとは非常に踊るのが難しい舞曲ですが、それがたかだか学校の舞踏会のBGMに使われていることに違和感を感じるのです。
「舞踏会の成り立ち」でも触れましたように、この学校が上流階級向けならさほどおかしくはありませんでした。
しかし、その可能性は「服装」の項目で否定されました。
もちろん、ワルツよりもウィンナーワルツの方が社交ダンスの舞曲として分かりやすいから選ばれたのかもしれません。
しかし、その背景を知ってしまうと選曲に疑問が残るのも事実です。
技術・体力
九重ルートでは前述したウィンナーワルツの舞曲をバックに踊りだすのですが……。
これがどれほど技術的に無謀であるかは、ここまで読んでいただければすぐにお分かりかと思います。
いくら彼方が社交ダンス部で猛特訓をしたとしても、それで踊れるほどウィンナーワルツは簡単ではありません。
一度も社交ダンスを学んだことの無い九重にいたっては、踊れるわけありません。
もちろん、BGMにウィンナーワルツの舞曲を使っただけで、実際にはウィンナーワルツを踊っていないのかも知れません。
しかし、どの舞曲であろうとも、彼らが踊るのは無茶だということを示す理由があります。
それは彼方の体力です。
私は実際に貧血気味のときにワルツを踊ったことがありますが、一曲踊っただけでフラフラになりました。
ましてや彼方は末期癌で、しかも抗癌剤のためにボロボロになった体なのに、ど素人の九重をサポートしながら踊るのなんて非現実的極まりない。
一曲目を踊っている途中に倒れてもおかしくありません。
それなのに彼は何曲も踊り続けることができました。
さすがにこれには呆れました。
まとめ
こなかなの社交ダンスと舞踏会に関して検証を行ってきましたが、このように矛盾点・不自然な点ばかりで、二つの描写に関する限り完全に破綻しているといっても過言ではありません。
私がこの二つがおかしいという根拠としたのは自分の経験によるものもありますが、例え経験者でなくとも少しネットを調べれば私が示した出典の様にまとめているサイトはたくさんあります。
こなかながただの萌えゲー・バカゲー・抜きゲーならば、このように取り扱うことは無かったでしょう。
しかし、このゲームは死生観について真面目に扱おうという姿勢があると私は考えています。
特に九重ルートでは舞踏会がルートの最後を締めくくる大事な場面となっています。
それなのに、ネットでの裏づけという簡単な作業すら惜しむようでは、プロ意識に欠けるるのではないでしょうか。
画竜点睛を欠くとは、まさにこのことです。
あとがき
私はこなかなを名作だと思っています。
しかし、私は「批判的な信者たれ」を信条としており、例え自分の中でどんなに素晴らしい評価でも欠点を見つけてしまった以上、指摘しなければいけません。
今回の場合は特にシナリオの本筋とは関係のない部分に手抜きがあり、シナリオさえ完成させれば細かい箇所はどうでもいいという製作者の驕りを感じられ、余計に残念でなりません。
これが理由でこなかなの評価を下げることはしませんが、次回作は手を抜かずに仕上げて欲しいと思います。
なお、わたしのこなかなに対する評価・感想はこちらをご覧ください。